top of page

家計の財布と政府の財布 MMT CH1

  • 2021年5月25日
  • 読了時間: 11分


本格的にMMTの話を始める前に


以下の説明が依拠する本を紹介しておく。



MMTを提唱する代表的な経済学者であるステファニー・ケルトン氏によって書かれた


”The Deficit Myth”(政府の借金神話)


である。


彼女がMMTを紹介する動画はYOUTUBEでたくさん上がっているのよければ見てみてほしい。


また、彼女は以前紹介したポール・クルーグマン(MMTに懐疑的)とオンライン上でバチバチにやりあっていた。


本題に入る前に


この本のタイトルである The Deficit Myth を 政府の借金神話 としたが


多くの日本人のにとって「政府の借金」は聞きなじみがないと思う。


なぜなら、日本では「国の借金」と呼ばれているからである。


では、一体、何が違うのかというと、国の借金なんてものは存在しないのだ。


日本のメディアが言う「国の借金」は正しくは「政府の借金」の事だ。


そうはいってもほとんど同じではないかと思うかもしれないが、


印象が全く異なる。


政府の借金だと国民とあまり関係ない印象を持つが、


国の借金というとまるで国民の借金であるかのような響きがあり、


人口で割って約987万円


赤ちゃんが約987万円の借金と一緒に産まれてくるといった


バカげた説明までする人も出できてしまう。




さて、いよいよ本題に入っていきたいと思う


今回覆す常識は


「政府の財布は家計の財布と同じである」


というものだ。


これに対するMMTの説明は


「政府の財布と家計の財布は全くの別物だ」


ということだ。


もう少し、かみ砕くと、


家では、家族全体での支出(使った金)に対しての収入(給料)の不足があれば、家計全体として赤字になり、仮に貯金がなければ、借金しなけらばならない。これは大変な状況である。


同様に


日本でも政府の支出(払う金額)に対して収入(入る金額)の不足ぶんを

政府(国?)の借金と呼んでいる。


家計、国の両方の不足に対して、借金という言葉が使われているが、


確かに家計の財布で考えると借金は嫌な言葉で、借金は悪である。


しかし、MMT では国の財布における借金はほんとに悪なのか?

いや、悪ではない。と考えるのである。




MMTでは政府の財布と家計の財布は全く異なると説明している。


なぜなら、家に一万円を刷れる印刷機を誰も持っていないからだ。


だけど、政府は持っている。


(補足:MMTのすべての議論は自国通貨発行権(自分の国で自分のお金を刷れる国)

を持った政府がある国に限られる、つまり

自国の通貨単位を持ってる国、アメリカ、日本、イギリス、カナダ等である

ドイツやオランダは対象外、何故ならユーロ圏で自国通貨発行権をもっていないから)


政府は日本、唯一の金の発行者(金の作り手)で、


他の全員は金の利用者(金の使い手)である。


政府と家計の財布は全くの異質のものなのだ。


極論を言えば、政府は借金を今にでも返せる。金を刷ればいいだけなのだから。

しかし、家計ではそんなことは不可能だ。

(もちろん、MMTはこんな暴論を唱えてはいないが)


では、なぜ間違った説明がこんなにも浸透しているかというと、


政治家がこの説明が大好きだから。


統治者(政治家)は統治されるもの(国民)に対して、必ずしも正しいことを教えなくていいのだ。


なぜなら、彼らの目的は統治することであるからだ。


統治者が統治しやすく、国民が当たり前すぎて疑いを持たない説明。それが満点解答なのだ。


そして、それが


政府の財布=家計の財布


という説明だ。


どれほどこの説明が政治家にとって都合がいいかを見ていこう。


1983年、時の英国の首相であった鉄の女ことマーガレット・サッチャー氏は


”the state has no source of money, other than the money people earn themselves. If the state wishes to spend more it can only do so by borrowing your savings or by taxing you more."

(政府の財源は国民が稼いだ金以外ないのだ。もし政府がもっと使いたいなら、国民から金を借りるか、増税する他ない)


つまり、


国民


おい!政府!金よこせ! 

いっつも俺らからようけとるくせに!!

金くれな、ほかの党に投票するぞ!


これに対して、


政府は


お前らに金あげたってもええけど、その金どっから出てるかわかってんのか?


お前らのかねやぞ、増税してもええねんな。嫌ややねやったら黙って働け、ボケ


こういわれてしまうと


国民は金を要求できなくなる。


このサッチャーの説明は


今の日本政府、ないしは大多数の国民の常識だと思う。


この説明を順序だてると、


金を稼ぐ → 金を使う


という順番だ。


これは直感的にも正しく思える。


なぜなら、家計と同じ順番であるからだ。


しかし、


これに異を唱えたのが


MMTの産みの親といわれるモスラー氏である


彼は政府からすれば


金を使う → 金を稼ぐ


の順番だと唱えたのだ。


なぜなら、


国が初めに金を国民に対して払わなければ、税金を集めることが不可能だと考えたのである。


僕も始めは突飛に聞こえたが、理に適っていると思う。


そして、実はこの説明は経済学にとって何ら新しい考え方ではなく、


アダム=スミスやケインズも同じようなことを言っていたのである。



この順番では


政府は税金を集める必要がないように思え、


実際、MMTも税金は政府の財源ではないと述べている。

(≠税金を集める必要はない。 

  税金は他に重要な役割があるといのがMMTの見解である。後半で扱う。)


では、なぜ政府は国民に金をわたすのか?


モスラー氏は


国民に働き、ものを作ってもおらうためだ


と述べている。


つまり、


政府が国民に対して投資をしているのだ。


(僕の考え;政府は自由に統治するためには国民たちから監視や、批判されることを嫌う。


それを避けるために一番手っ取り早い方法は他の何かに夢中にさせておくことだ。そして、その何かが金である。悪く言えば、国民をそれしか考えないようにさせせる、中毒にさせるもの、金を作りだし、まいているのである。ぼくも、さすがに初めから統治者がこれを計画していたとは思はないが、実際そうなっている。)






これまで、何度も、金を刷るという表現を使ってきたが、


実は政府はお金を作るためにいちいち機械を動かして、紙幣を作っているのではない。


彼らは、ただ、キーボードを叩いて、コンピューター上の処理を行うだけである。


そのような、


政府の役割も含めて、


著者は


政府はスコアキーパーであるとたとえている。


スコアキーパーとは、スポーツの試合、で点数表に点数を記入する人のことだ。


例えば、


野球の試合で


スコアキーパーはホームベースを踏むたびに一点をスコアボードに記入するわけだが、


彼らはスコアを使っているという感覚はなく、一を書くことになんの抵抗も感じない。


たとえ、


打者が1000者連続ホームランを打ったとしても、スコアキーパーは何も感じずに1000を

スコアボードに書き、点数を使い切ってしまうという心配は皆無だろう。


なぜなら、スコアキーパーは点数を持っておらず、スコアはその都度作られのもので、

減りもしなければ増えもしないからだ。


著者はこれがまさしく政府がしていることだと説明してる。


政府はお金を持っているのではなく、ただ決めらボードに書いているだけの話で、そのスコア=金を使い果たすことはありえない。


政府は金を刷っても、彼らの金を失っていないし、税金として国民から集めても、彼らの金は増えてもいない。なぜなら、そもそも持っていないから。



国民はのどから手が出るほどお金が欲しいが、


政府は金など要らないのだ。


つまりと家計と政府の財布は全くの別物である。





ここまで読んできたある疑問が思い浮かぶと思う。


では、なぜわざわざ税を集める必要があるのか?


先に述べた通り、MMTでは税金は財源ではないと説明してる。


では、何のために?


大きくわけて、4つあると著者は説明する。


一つ目は、


うえで述べたように、


国民を働かせるためのもの。


(この本ではあまり触れらていないが、MMTでは政府の徴税能力にかなりの重きを置く。

歴史上で、統治を行ってきた集団は必ず税があった。

しかし、手段は集団によって様々だ。

例えば、、昔の日本ではコメが納税手段であった。

ところが、今では日本では円。アメリカではドル。イギリスではポンド。であり、政府という絶大な権力を持ったものが認める納税手段に大きな力があると説明している。

少し、話はそれるが、したがって、MMT では暗号通貨は不安であると考えている。)


二つ目に、


インフレーションを抑えるため。

(筆者はインフレとは物価の継続的な上昇であると説明している。

インフレは物価上昇で金の価値の低下。

デフレーションは物価低下で金の価値の上昇である。)

インフレについては次項で詳しく説明したい。


三つ目に、


貧富の差の改善である。


金は寂しがり屋とよくいったもので、


金は金のあるところに集まるのである。


したがって、


ほっとけば、金持ちはもっと金持ちに、貧乏人はもっと貧乏人になる。


これは、民主主義にとって不都合である。


全国民が等しく一票を持つ民主主義の下では、金持ちも、貧乏人も同じ一票を持つ。


健康な民主主義の国ではこれは貧乏の人に聞こえのいい政策を謳う政治家を出現させ、


政治を不安定にするからである。


4っ目が


インセンティブである。


環境に悪いものを規制するために環境に悪い商品が売れないように税をかける。


タバコは体に悪いので、買わないように税をかける。



これらの4つがMMTが説明する税金の役割だ。




従来の説明では、税金が財源で、足りない部分を政府が借金するといわれていたが。


政府の借金とは何かを見ていこう。


政府は借金をするとき、国債を発行している。


その国債は国民が買うことがでる。大半は中央銀行(日銀)や、都市銀行が買っているのだが。


よく政府の借金の話をしたときにされることが


このまま借金をし続ければ日本は財政的に破綻するという話である。


この件はのちのチャプターで詳しく述べることになると思うが、すこしだけ説明しておくと、


政府の国債発行額が膨れあがったということが直接の理由として


日本の財政が破綻することはありえない。


これはMMTでも何でもなく、かつてのFRB(アメリカの中央銀行のようなところ)の議長であるアラン・グリーンスパンも認めている(アメリカも日本同様自国通貨発行国である)



財政破綻論者の人の多くは、日本が借金をしすぎると債務不履行(=デフォルト;金を返せなくなる。そしして円の価値が暴落する)と主張するが、


このビデオのとおり


"There is nothing to prevent the government from creating as much money as it wants."

(政府は好きなだけ金を刷れる)


そう、中央銀行のTOP が認めたのである。


にも拘わらず、以前、日本の財政破綻論を主張する経済学者はわざととしか思えない。


また、かれらの主張を鵜呑みにして伝えるメディアも同罪である。


すこし話がそれてしまったが、


従来の見方では国債発行=借金されていたが、


国債は元本が絶対に保証されて、わずかな金利が付く債権である。


つまり、国は利息をのちに払わなけらばならず、この利息を払えずに日本が破綻するというのだ、まるで家計のようだが、


上で説明したように政府と家計は異質のものであり、利息を払うために、政府は金をすればいいだけなのだ。


この本の著者は


国債発行は普段使う紙幣(諭吉 等)とは異なる種類の紙幣だと主張する。


そもそも借金は後々返せなくなるから恐怖がその言葉に付きまとい、マイナスなイメージがあるが、


国債は後々返済できなくなるという恐怖はゼロであるので、借金という言葉と切り離したいという思いからこのような説明を筆者は繰り広げて言ると推察さあれるが


斬新な見方で個人的には好こだ。




ここまでを、聞くと


いくらでも金を刷れるなら、刷って配ってくれたらみんな金持ちになってハッピーではないかと思うかもしれないが、そんな単純な話ではない。


よく、MMTは無限に金を刷れると紹介され、トンデモ理論と批判されるが


それは当らない、なぜなら、そんなこと言ってないからだ。


MMTが主張していることは


お金を刷る限度は政府の赤字の額で決めるのではく他の多様な指標(インフレ率 等)を見るべきだと主張しているのだ。


MMTは単純にもの事をとらえていると揶揄されるが、真実はその逆である。


主流派の経済学者は赤字国債額だけをみて、増えたら、やばい!!減らさないと!と大騒ぎして、プライマリーバランスの黒字化(政府の収支を合わせること)のような愚の骨頂ともいえる目標を掲げているが、


MMTは市場に対する金の供給量(どれだけ金を刷るか)を決めることはもっと複雑で、多様な指標を見るべきだと主張しているのだ。


さらに、MMTは既存の貨幣供給量に対するリミットを自虐的なものだと批判している。



なぜなら、インフレ率等を参照すれば、もっと、貨幣を供給することができ、


そうすることで、経済の循環をよくし、


失業者をゼロにすることができると主張しているのだ。


少し、考えてみてほしいのだが、


仮に、失業者がゼロの世界に住んでいるとしたら、もっと自由に自分の好きなことを勉強でき、将来の心配することなく遊べたり、趣味に没頭できたり、自由にいきられるのではないだろうか。


MMTはこれが可能であると主張しているのだ。


したがって、今の貨幣供給量に対する制限を自虐的と批判するのである。


もちろん、MMTは現在進行形で本場アメリカで議論されているこであるので


これがほんとかどうかはわからないのだが、


(自説;暴論ではいはず

すくなくとも、政府の誤った貨幣供給量の制限により、職を失わざるをえなくなり、


悲惨な人生を送った人、自殺せざるを得なかった人はたくさんいるはずである。


はっきり言って、今、日本の政策決定に関わっている経済学者が考えを改めるとは思わない。


なぜなら、彼らは自分が賢いと思い込み、方向性を変えるということは、今までの自分の誤りを認めることになるからだ。そんなことは死んでもやらないだろう。


したがって、こちら側、国民が変わり、正しい財政観がある政治家を選び、彼、彼女が、経済学者を一掃しなけらばならないのだ。


その一助となるように、このブログを書いている。


これを読んでいるあなたには是非横に広げてほしい。


間違いがあれば教えてほしい。)


話がだいぶそれたが、次のチャプターでは


ではMMTが主張する制限や、失業者ゼロの話をしたい。


それでは、また








 
 
 

コメント


ご意見などお気軽にお寄せください

メッセージが送信されました。

© 2023 トレイン・オブ・ソート Wix.comを使って作成されました

bottom of page